
小川 浩寿
株式会社野村総合研究所
上級システムコンサルタント
小川 浩寿
株式会社野村総合研究所
上級システムコンサルタント
ビジネスデスクトップとしてのPCの将来について考えたい。ここで、PCを一般的な製品としてではなく、ビジネスユーザ向けの企業内情報システムの一部として考えたい。また、PCを汎用製品のライフサイクルや、ハイプサイクルといった視点ではなく、企業内情報システムという社会に属する個人に見立て擬人的な視点で、比喩的に考えてみたい。やや飛躍する表現もあるが、”読み物”的なものとして考えていただきたい。
人間の「ライフサイクル(Life cycle)」は、人生の経過を円環に描いて説明したもので、精神分析家で発達心理学者のエリク・H・エリクソン氏が、記したものとのこと(wikipediaより)。これによれば人生は8つの段階に分けられているが、簡便にするために幼児(乳児期〜幼児期初期)、子供(学童期〜青年期)、大人(成人期初期〜老年期)に分けて考える。唐突な話ではあるが、情報システムのコンポーネントも、このようなライフサイクルにあてはめて考えることができると思っている。わかりやすい例が、メインフレームである。現在のメインフレームは立派な大人であり、一世代を築いた後に後進の子供たちに道を譲り始めていると言えるのではないだろうか。
一方、ビジネスデスクトップとしてのPCは、どこに位置しているかと考えてみると、大人の一歩手前にいると考えられる(PCの歴史については後段で述べる)。かつて、PCは”かわいく・賢い”が“手のかかる”存在だったが、今後、脱皮して大人になっていくのか、現在の子供のままで成長を止めてしまい後進の子供たちに道を譲る存在になるかの岐路に立っていると言えるであろう。
IBM/PCが開発され、WindowsNT4.0が発売される以前の時期が、幼児期にあたると考えられる。この時期は、ネットワークにつながれないスタンドアローンのデータ処理端末だったPCが、ビジネスデスクトップとして徐々に利用され始めた時期である。よちよち歩きで近所を歩き始めたぐらいの状態である。
PCは、ご存じのように、そもそもパーソナルコンピュータの略称である。主に家庭での個人利用が目的のコンピュータで、当初からビジネスユーザの利用は想定されていなかった。一方、ビジネスユーザにとっては、メインフレーム、オフコンが主役であり、その端末を主に利用していた。
この時代の典型的なPCの使い方は、メインフレームで作成されたデータをフロッピーで、PCに転送して、表計算ソフトで加工するような使われ方であった。また、一部の先進ユーザの間でネットワークソフトを導入して、ネットワークに接続し始めていた時期である
その後ダウンサイジングの流れが巻き起こり、端末からビジネスデスクトップの時代になった。初期のビジネスデスクトップの主役はワークステーションであった。処理能力と管理性の高いワークステーションは、研究利用からビジネス利用へと発展し、先進的なユーザのオフィスに導入されていった。
ところが、PCがワークステーションに勝ってしまったのだ。
さまざまな要因があったが、パソコン業界のマーケット規模が大きかったのと、規格の標準化が積極的に行われたからと思われる。パソコンは、家庭での個人利用を目的としたので、ユーザの規模は、研究利用・ビジネス利用目的のユーザよりも圧倒的に大きい。 また、規格の標準化が積極的に行われたため激しい競争が行われたので、PCユーザは競争の恩恵を受けることができた。インターネット革命によるPC利用者の劇的な拡大にも恵まれ、PCマーケットは急拡大した。
ビジネス側としては、個人向けのPCの恩恵(価格が安く・入手が容易)を享受するために企業内情報システム社会の中にPCを受け入れてしまったのである。
個人利用が目的のため、管理する機能がなく、問題が起きたとしても再現性がないと根本的な原因を追究することが容易でなかった。ネットワークを経由して管理することもできないため、PCサポートチームはすべてPCの設置された場所まで駆けつける必要があった。この時期のPCは、すごく手のかかる“赤ちゃん”だった。
WindowsNT4.0以降から現在までを子供時代と位置づけるが、Windows XP、Vistaと画期的な機能追加のないOSの登場が続き、そろそろ青年期の末期を迎えようとしていると考えられる。
基本的には、幼児期の延長線上にはあるが、成長して様々な機能を身につけた時代で、メインフレーム端末やワークステーションを追い出してビジネスデスクトップの確固たる主役となった。
ビジネスデスクトップの主役となったがために企業内情報システムの中での重要性が増してきてしまった。もともとは、個人利用目的のものが別の役割を期待されるようになってきてしまったのである。すなわち、個人利用目的では致命的な問題にならなかったが、企業情報システム内部では、PCの障害により、情報システムサービスを受けられないことになってしまい、現実の業務遂行が困難になる事態が発生してしまっているのである。また、ハードスペックの継続的な向上によりローカルデータが肥大したために、障害時のデータ消失の影響が大きくなったり、新しいPCへの入れ替えが困難になって来ている。
PCの成長に伴い、イベントログ機能やリモート管理機能が充実することにより、幼児期よりは明らかに手がかからなくはなった。すなわち、ユーザが検知した障害をPC設置場所で対応するしかなかった幼児期よりも、遠隔からのリモート作業によるサポートが可能になったという点で、大きく進歩したと言えるのではないだろうか。ただ、やはり、まだ手のかかる子供時代のPCという点は変わっていない。というのも、ユーザが問題を見つけて、PCサポートチームが事後対応するというサポートプロセスには変化がないからである。
これまでがPCの幼児期から子供時代の話であるが、子供時代を卒業するにあたって、ビジネスデスクトップとしてのPCを巡る状況に変化が出はじめてきている。
ところが、ThinClientはメディアを騒がせ注目を浴びているが、導入された事例が多くないのが実情ではないであろうか。やはり、ワークステーションが衰退した例を引くまでもなく、マーケット規模が大きくないものは、いずれ限界が生じる。圧倒的なパーソナルユースのマーケットの競争結果を享受した上で、ビジネスニーズなどの特定ニーズ向けに制限することが必要だ。汎用製品としてのPCを利用した上でビジネス向けに機能制限するタイプは生き残る可能性はあるが、ビジネス専用のThinClientは、いずれ限界に直面するのではないだろうか。
インテル社の新しいテクノロジーで、PC上で管理用の仮想マシンを起動する機能を提供している。すなわち、ユーザが使っているOSに障害があって停止した場合にも、この管理用の仮想マシンを起動して、遠隔から障害対応できるというものである。仮想的には別マシンとなるが、物理的には同一のハードウェアの中で自分自身を管理できるアーキテクチャとなっている。発想的には、サーバ側で利用されることのあるサーバ管理プロセッサのようなハードウェアを、サーバ側に仮想的に提供してるのと同じである。
ソフト障害に対する、ハード側からの回答に思える。現在は、これを活用するビジネス側のアイデアが求められている。
マイクロソフト社 SystemCenter Oprations Manager(OpsMgr)は、新たなPC管理の姿を提案している。エンド・ツー・エンドのサービス管理を掲げており、PCからの観点でシステムが稼働しているかを、クライアントからネットワークを経てサーバへつながる一連のシステムコンポーネントが正常に稼働しているかを監視するものである。従来のシステム監視は、監視システムからサーバや、ネットワークに対して行われるものであったが、ここでは、PCからの観点でサービス稼働を監視した上で、稼働の問題がある場合は、OpsMgrシステムに通知するアーキテクチャになっている。サービスはクライアントが利用するものであるから、利用者から見て正常かどうかを確認しようとしている点が新しい。
1)は、PCではない新しいビジネスデスクトップの流れ、2)3)は、PCをよりビジネスニーズにこたえられるようにする、言わば”大人”にさせる流れと位置づけることができる。
ThinClientやSmartPhone/携帯電話のような、新たなビジネスデスクトップ候補についても、NRIとしては継続的にウオッチするが、当面は引き続きPCがビジネスデスクトップの主役である可能性か高いとの認識でいるので、PCが”大人”となるためのアーキテクチャを提案していく予定でいる。